X JAPANは音楽業界のサグラダ・ファミリアか?

サグラダ・ファミリアは、スペインにある偉大な建築家アントニ・ガウディの未完作品です。その建築難易度から。完成まで300年はかかると予想されていた工事ですが、最近の公式発表で、ガウディ没後100周年目の2026年には完成するというニュースが、世界中で話題となりました。

さて、このサクラダ・ファミリアの途方もない建築年数が生み出した芸術作品は、どこかX JAPANのアルバムに通じるものがある気がします。

X JAPAN最後のスタジオアルバムは、1996年に発売された「DAHLIA」。その「DAHLIA」ですら、前作「Jealousy」から5年以上の制作期間を要しました。(Art Of Lifeは除く)

それから約20年・・X JAPAN 4枚目のスタジオアルバムの発売日が2016年3月11日と公式発表(※後に延期)されたとき、ファンの中には待ちに待った喜びと同時に、どこか複雑な感情が湧き上がったのではないでしょうか?

世界には「未完成だからこそ美しく人を魅了し続ける芸術作品」が少なからず存在します。

古くはフランツ・シューベルトの交響曲第7番や、モーツァルトのレクイエムなど、未完でありながら名作として後世に伝えられ、様々な作曲家たちの手によって、補筆が繰り返し行われ続けています。

また未完成ではないですが、古代ギリシアで制作された彫刻の女性像「ミロのヴィーナス」は、両腕が欠損しているからこそ、その「完全ではない部分」が、観る者の想像力掻き立て、魅力が生まれていると言われています。

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冒頭のサグラダ・ファミリアも「未完の傑作」の一つであると筆者は考えます。なぜならサグラダ・ファミリアは「完成に繋がる過程」そのものが芸術と呼ぶにふさわしいのです。

ではX JAPANのアルバムに話を戻しましょう。YOSHIKIは再結成以降、毎年のようにアルバム発売に関する発言をしながら、延期を繰り返していました。ここでYOSHIKIの発言を責めるファンも少なからず存在しますが、それは全く無意味なことだとわかるでしょう。

そもそもYOSHIKIにとっては「音楽を作り続ける過程そのものが芸術」であり、完成させることが目的ではないのです。

ドイツの現代美術家・彫刻家「ヨーゼフ・ボイス」はこんな言葉を残しています。『優れた芸術は常に社会的』だと。これは、芸術は社会の中に置かれてはじめてその意味を持つのであって、「完成された結果(モノ)」そのものが価値ではないという意味です。

YOSHIKIは実はそのことをファンに伝えています。YOSHIKIの半生を綴った超大作「Art Of Life」。このタイトルを直訳すると「人生の芸術」。人生は「結果」=「Life Of Art」ではなく、「死ぬまで続く芸術」=「Art Of Life」であることを、YOSHIKIは知っていたのです。

X JAPANの楽曲はYOSHIKIとって「人生=芸術」であり、「社会」であるファンと共に創り続ける「未完の傑作」。こう考えると、YOSHIKIが楽曲をなかなか出さない理由の一つが見えてくると思いませんか?

果たしてサクラダ・ファミリアの完成後は、完成前よりも観光客を魅了し続けることはできるのでしょうか?その答えはサクラダ・ファミリア自身が一番知っているはずです。

X JAPANのアルバムも発売された時が「完成」ではありません。このアルバムはYOSHIKIが生きている「Art Of Life」の通過点に過ぎないのです。

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