ビジュアル系とは何か?-VISUAL JAPAN SUMMIT 2016-

2016年7月22日、YOSHIKI、SUGIZO、TAKUROの日本を代表する3大ロックバンドの代表メンバーが集結し発表された、日本最大のビジュアル系音楽フェス「VISUAL JAPAN SUMMIT 2016」。その全貌は未だ明らかになっていないにも関わらず、予定していたチケットがFC先行で完全SOLD OUTになるなど、ファンの期待は高まるばかりだ。

振り返れば「ビジュアル系」は苦難の歴史の連続だった。その名が世間に浸透してない頃は「お化粧バンド」と揶揄され、見た目の奇抜さと、過激な発言は、彼らの音楽性そのものの評価を曇らせた。X JAPANが1991年に紅白歌合戦に初めて出場したとき、HIDEの「俺たちはどうでもいい、ファンが市民権を得るために」という発言は的確だ。

「ビジュアル系」という言葉はあいまいな定義で誤解されやすい。それは必ずしも「ビジュアル系」という言葉が音楽性の違いだけを指しているのではなく、ファッションやメンバーの趣味嗜好、それを取り巻くファンの属性、世間的なイメージ、それらすべてが内包されているからだ。

だから「GLAYがビジュアル系なのか?」と問うこと自体に意味がない。ある側面からみればビジュアル系かもしれないし、別の側面から見れば「GLAY」は「GLAY」なのだ。それでもYOSHIKIは誤解を恐れずに「ビジュアル系音楽フェス」とタイトルにつけた。YOSHIKIの真意とはなんだろうか?いま改めて「ビジュアル系」について考えてみたい。

ビジュアル系のルーツを探るときに日本のヤンキー文化を抜きにはできない。初期のXの奇抜なメイクはKISSの影響を受けたとされているが、音楽に向き合う本質的な姿勢は、周りの大人たちに対する強い憤りと反発心が生み出したといえる。当時の大人たちはそれを「不良」と呼び、世間のつまはじきものとみなされる。不良と定義された少年少女は、自分たちの中である種の居場所(集団)を作り出し、独特の縦社会構造を形成していく。

彼らにとっては街中を暴走しようが、学校で暴れようが、ライブハウスで楽器を掻き鳴らそうが、本質的なパワーの源泉は周りの大人たちへの反発心であることに変わらないのである。(たまたまYOSHIKIには、音楽に向き合える環境と土壌があり、生涯の伴侶と呼べるTOSHIとの出会いがあったこと。この「たまたま」が運命なのか偶然なのかは置いておいて、「奇跡」と呼ぶにふさわしい)

そしてヤンキー集団は基本的にウチ向きである。他人には傍若無人にふるまう一方で、集団の中の掟やルールには殊更厳しい。この極端な内向き志向が、後のビジュアル系と呼ばれる集団形成に大きな意味を持っている。

実際、インディーズからメジャーデビュー直後のX JAPANのファンはヤンキーが多かった。Xのライブ会場はともすればヤンキー達の集会場でもあるかのような、異様な雰囲気に包まれ、善良な(?)一般市民には近づきがたい独特の空気感があった。

その最たる例がエクスタシーサミットである。YOSHIKIを筆頭としたエクスタシー軍団が、ステージを縦横無尽に走り回り演奏し、それを見ながら半裸で発狂する不良少年少女の姿足るや、まるで暴走族の総長が子分を引き連れて街中で暴れる状態と何ら変わりがない。(ちょっと極端ですが)

エクスタシーサミットをフェスの先駆けなんていう記事もあるが、見当違いもいいところで、フェスはソト向けに万人を受け入れるオープンさを兼ね備えるが、エクスタシーサミットは同じ価値観を共有している者たちだけの「クローズドな総会」なのだ。

その「総会」に集まった集団は、その中でパワーを爆発させる。それは集団のソトにいる人間には到底理解できないものであったし、莫大なウチ向きパワーはその集団の中で吸収され膨張していく。当時のビジュアル系はまさに、ウチへウチへと深化していく、ある意味でソト側の人間を受け入れない排他的な集団だったといえるだろう。

排他的な組織や集団は、強固な一体感(=運命共同体ってやつですね)を醸成するが、同時に中にいる人間にとって「息苦しさ」や「閉塞感」も生む。少しでも方向性や思想が違うと、途端に攻撃対象とみなされ集団から排除される。90年代初期に最初のピークを迎えたビジュアル系ブームは、この排他的な性格が際立っていた。

そんな「閉塞感」をソト向けに打ち破ったのが、GLAYやLArc-en-Cielの台頭だった。彼らのルーツを辿れば、確かに「ビジュアル系」との関連を否定できないが、少なくとも彼らの音楽は一般大衆に向けられ、その音楽性は見事に大衆に受け入れられた。本当の意味でビジュアル系が市民権を得たのは、この2大バンドの功績があってこそなのである。

時同じくして、X JAPANもウチからソトへ活動の範囲を広げていく。拠点をロスに移すというビジュアル系集団からの地理的脱却だけでなく、ビジュアル面、音楽面でもソト向けに受け入れられやすいスタイルに変革していく。結果的にビジュアル系という強固なウチ向き集団を創造したのもX JAPANだが、これを破壊したのもまたX JAPANだったのだ。

1993年に「TOSHIがライブ中に逆立てた髪を下ろしたとき、ビジュアル系は死んだ」と誰かが言った。これはある意味で正しい。この時「死んだ」のは「ウチ向きな集団としてのビジュアル系」であって、むしろ「大衆化されたビジュアル系」への生まれ変わりを象徴する出来事であったと言えるだろう。

1994年頃~2000年頃のロックシーンはビジュアル系の黄金時代を迎える。数々の伝説的なバンドが音楽シーンを闊歩し、栄枯盛衰を極めたのは記憶に新しい。この時代のビジュアル系は、一部の熱狂的なファンに支えられながらも、音楽性は大衆性も兼ね備えたいわばウチとソトの絶妙なバランスを保っていた時期でもあった。音楽業界全体もCDバブルの波やポータブル再生レコーダーの普及に乗って、ビジュアル系に限らず活況の時代を迎えていた。

それは初めて「音楽」が一部人間の趣味的活動や、特定のアーティストのみを応援するファンの垣根を越えて、一般大衆が日常行動の一環として音楽を消費する時代に突入したことを示している。この波に無事に乗ることが出来た「ビジュアル系」は、なんら違和感なく大衆に浸透していくこととなった。

ビジュアル系の最大の誤算は、大衆に浸透したモノが、彼らの「音楽性」ではなく、まさに「ビジュアルそのもの」だったことにある。それもそのはずで、そもそもビジュアル系とは音楽のジャンルのことではない。「見た目が奇抜で派手」という共通項はありつつも、音楽性はバンドごとに大きく異なっていた。それはビジュアル系がウチからソトへ向かうために、必要な多様性であったが故、共通の音楽性を犠牲にせざるを得なかったのだ。

hideは冷静にそのことを理解していた。彼が「サイボーグロック」を提唱し始めたのは、ビジュアル系に根付いた音楽ジャンルの確立が必要だと感じていたのかもしれない。

2000年代以降、ビジュアル系は次第に音楽性を軽視し「見た目が奇抜で派手で独自の世界観を持つ」という点だけに傾倒していく。先にも述べたように、ビジュアル系のソトに向かう原動力は「大衆世間にも受ける音楽性」だった。音楽性が伴わなくなった瞬間、「見た目が奇抜で派手。だけど音楽性は大衆向け」という絶妙なバランスが崩れ、ジャンルとしてのコアコンピタンスが崩壊していく。(そして本格派バンドはビジュアル系と呼ばれることに嫌悪を抱くようになる。)

この時代を俗にビジュアル系ブームの収束/終焉などと呼ぶが、これは「ビジュアル系の崩壊」と表現するのが適当だろう。一旦ソトに膨張したビジュアル系は、再度ウチに収束することはできなかった。なぜならウチに向かう時に必要な(90年代初期のビジュアル系が持っていたような)「共通の価値観」すらも見出すことができなかったからだ。

崩壊の先にあるのは、「細分化/マイナー化」である。大小様々なバンドたちがそれぞれの世界観の中で、それぞれの集合体を作り、音楽シーンにポツポツと点在するだけの存在となった。音楽評論家達は、あの時代を懐古するように、「ネオビジュアル系」などと呼び、無理矢理ジャンルにまとめようと試みたことも記憶に新しい。(結局、より胡散臭さだけが残って、いつの間にか死語になりましたが)

2016年のいま、X JAPANもGLAYもLUNA SEAも、もはやビジュアル系というジャンルの枠に留まる必要も、カテゴライズされる筋合いもないほど巨大な存在となった。それでも3大バンドが手を組み、今の音楽シーンで崩壊しかけている「ビジュアル系」の再興を掲げた意味はどこにあるのだろうか。

あの当時偉大な「ビジュアル系だったバンド」と、これから「ビジュアル系になりたいバンド」の共演の先に「今のビジュアル系」を道筋を見出すことができるのだろうか。

「VISUAL JAPAN SUMMIT 2016」はYOSHIKIが仕掛けた、ビジュアル系の「破壊か創造か」の壮大な実験場であり、そこでどんな化学反応が起きるのか、今から楽しみで仕方がない。

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